第2回:境界層とムービングベルト(ローリングロード)
境界層という言葉を一度は聞いたことがあると思いますが、簡単に言うと空気の中を移動する物体の表面近くにできる、周りの流速よりも遅いごく薄い層のことです。これは、空気が粘性という特性を持っているために表面に付着して、その外側の流れもすこしづつ影響を受けます。
境界層の定義は、一般的に周りの流速の99%以下の速度の範囲を言います。限りなく表面に近い部分は速度がゼロですし、そこから徐々に速度があがって100%になるまでの流速の遅い層をそう呼んでいます。
実際の境界層の厚さは、自動車の空気力学を参考にすると、風速25m/s(時速90キロ)で、境界層が発達するポイントから1640mmのところで15mmです。これは、物体表面の粗さでも変わるし、当然、風速によっても変化します。1000mmあたり10mmというように一定の割合で増えるものではないですが、だいたいこんなものだとイメージするだけで良いと思います。
また、境界層の中の様子は、最初は綺麗に流れています(層流)が、ある点で突然乱れた流れ(乱流)に変化します。この点を遷移(せんい)点と呼ぶのですが、普通はここから境界層の厚さがさらに増加します。
加えて、大きな迎え角をとったウイングの背面のような形状では、境界層が表面に沿って進むことができなくなり、表面から大きく離れてしまいます。この現象を剥離(はくり)と呼んでいて、航空機などが失速する原因になります。
これらの境界層厚さ、遷移点、ハクリという現象は空気の粘性によるイタズラなので、第1回で取り上げたレイノルズ数による流れのパターンの変化でコロコロ変わります。例えば、1/5スケールのモデルで、風速が時速90キロ程度の風洞テストでは、実車の時速18キロの再現にすぎないということで、厚みや遷移やハクリが実際とは異なるケースがでてきます。ディフューザーの角度をテストしたりする際に、失速(ハクリ)するかしないかといった重大な決定をするのに大きく影響します。
さて、このような境界層は風洞テストをする上でも問題になります。FANから送られた空気は多かれ少なかれトンネル内を通過してくる訳で、その壁面に沿って境界層が発達します。
実際は、風洞の吹き出し口の手前にあるハニカム格子や整流金網である程度まで整えられますが、風洞の大小を問わず、吹き出し口までにおよそ20mm〜100mmぐらい(推測^^;)の境界層が存在します。
車の風洞テストは、通常は測定部の下方に地面板を設置するスタイル(3/4オープン)で行われますが、その地面上に境界層の遅くて乱れた流れが混入するのは困るので、地面板の位置を吹き出し口より一段高く設置したり、FANで吸引したりします。これを境界層吸引装置(ベーシックサクション)と呼んでいて、自動車用風洞にはだいたい設置されています。これでも地面板の先端から再び境界層が発達するので、測定部の手前にスリットを設けてもう一度吸い込んだりします。(CS放送で童夢の風流舎を特集してたときに映ってました^^)
これでもスリットから再び境界層が発達してしまいますが、一般の乗用車や、レース用でも2輪車までなら、全体から考えてそれほど大きく影響しません。
しかし、F1をはじめとするレーシングカーのように車高が低く、床下の流れを活用する場合は、これでは困ります。そこで開発されたのが移動地面版(ムービングベルトまたはローリングロード)です。壁(地面)が気流と一緒に移動すれば、境界層は発達しないのです^^
鉄道総研の月例報告に米原の風洞に設置されているムービングベルトの詳細がでています。これは確か童夢が製作したものだったと思いますが、国内にあるものでは最大級です。ここではベルトは樹脂製となっていて、幅が2.7mで前後のローラーの軸間が6mもあります。この装置だけで大型トラック並みのサイズですね^^;
ベルトはエンジンのタイミングベルトやVベルトなどとは異なり、ただの平ベルトで、厚みも数ミリ程度だと思います。これを時速200キロ以上で回すのですから、かなり迫力があるはずです。前後のローラー径は、側面図から推測すると715mmぐらいあり、ベルト全長は15mぐらいになります。60m/s(時速200キロ)の移動速度を達成するには1秒間に4回転することに・・・。
ベルトは下に存在するテンションローラーでピンと張られ、右にいったり左にいったりしないようにセンサーで監視されて前後ローラー又はテンションローラーの軸角度を調整します。ベルトの上面は測定部になるので、定盤(じょうばん)のように精密に平坦に作られていなければなりません。
ベルトが高速回転すると、離れてバタつきを起こすので、この定盤面に小さな穴をたくさん明けて下から空気を吸引し、すき間ができないようにベルトを滑走させるのが普通です。F1などのようにダウンフォースが大きいモデルをテストするには、その負圧でベルトが持ち上がらないようにする役目も果たします。
また、ベルトと定盤面は常に高速で接触しているので、どちらかが磨耗します。精密な平坦度をほこる定盤面が凹むと困るので、普通はベルトが消耗します。更にベルトは張力をかけられて高速回転するので、使っていくうちに伸びて使い物にならなくなります。高速回転するベルトが切れると大変なことになる(モデルを破壊して飛んでいくでしょう^^;)ので、頻繁に新品に交換していると思われます。推測ですが、F1のように3交代24時間体制で稼動している場合、ひと月に数回は交換しているのでは・・・と予想します。
もうひとつ、ベルトの役目としてタイヤの回転があります。フォーミュラマシンではタイヤが露出しているので、ドラッグの半分近くはタイヤの抵抗と言われ、この回転を反映をしない訳にはいきません。タイヤ直径を660mmとして計算すると、50%モデルの場合、時速300キロで毎分4800回転以上、時速200キロでも毎分3200回転以上になるので、個別のモーター動力によって達成するのはかなり大掛かりになり、測定部に余計な露出部分ができてしまいます。そこで、タイヤにはベアリングだけを内臓して、ベルトに接触させて回転させる方式をとります。(トヨタF1の風洞では、この為にモデルのタイヤ表面にブリスターが出来るそうです^^;)
このようにベルトに接触させて高速で回転することで、相当な振動が発生します。これは空気力を計測するのには不都合なので、たいていの場合はタイヤの支持はボディ(車体)の支持とは分離させます。ボディのドラッグとダウンフォースは単体で測定され、タイヤはそれぞれ測定部の側壁から伸ばされた支持棒によって空気力が別に測定されます。
また、装置内を周回する平ベルトとするために、どこかで接合しなければならないのですが、重ね合わせて接着するとその部分が倍の厚みになり、路面に段差ができてしまいます^^; タイヤがポンポン跳ねては困るので、スチールや樹脂といった材質にかかわらず、特別なつき合わせ方式で段差が出ないように接合されます。尚、空気力の測定とモデルの支持方法については次回で詳しく説明します^^
最後にベルトの製作についてですが、このようにある程度弾性をもっていて、高速回転で酷使される幅広のベルトを作ることは難しいようです。現在はザウバーBMWの3.2mというのが最大です。しかし、その製作できる幅はF1風洞の巨大化に合わせて、年々すこしづつ広くなっていくようです。同様に、このベルトを駆動する高速ローラーも、精度と軽量化が要求され、最近は中空のカーボンで作るのが主流のようです。この幅広ローラーの製作も、F1風洞の巨大化に合わせて年々進化しています。
これで第2回の風洞うんちく講座はおしまいです^^ つづく
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