第3回:モデルの支持と空気力の計測
風洞モデルをどうやって地面近くに固定するかは、F1を始めとするレーシングカーの風洞テストで重要になります。
市販車の実車での風洞テストでは、測定部の地面板上で発生する境界層はほとんど無視できるので、ムービングベルト(ローリングロード)を使用しないことは第2回で述べました。
したがって、自動車メーカーの所有する実車風洞では、地面板の下に埋め込んだ6分力天秤の上に車を直接乗せて空気力を測定しています。
「てんびん」という名のとおり、その基本的な構造は、片側に測定物、もう一方に測定物と同等の重りを載せてバランスさせてゼロとした後、気流を流した時の差分を空気力として測定する方法です。
自動車用風洞の6分力天秤には、ホイールベースやトレッドの違いを調整できる4カ所の測定ポイントがあり、その上にタイヤを乗せて荷重の変化を計ります。6分力とは、ドラッグ(抗力)・リフト(揚力まはたダウンフォース)・横力の3つの力と、前後に回転させる力(ピッチング)・左右の傾き方向に回転させる力(ロール)・車の左右の向き変えようとする力(ヨーイング)の3つの慣性力です。
このように地面に置いて測定するスタイルは空気力計測の基本となり、6分力の考え方やタイヤの接地面でドラッグやダウンフォースを測定するという考え方は、どんな支持方法にかかわらず共通です。
ムービングベルトを使用する場合、床下からモデルを支持する訳にはいきません。移動するベルトを通してとか、回転するタイヤを経由して・・・・というのも不可能では無いと思いますが、装置が複雑になりますし、回転するタイヤの振動やノイズを拾って正確な計測が出来ないと予想されます。(ピニンファリーナやアウディの実車風洞のように、車輪トレッド間のみのセンターベルトと、タイヤの下にローラーを利用した特別な装置を使用している例もあります)
そこで、通常は側壁とか天井とかモデル後方から何らかの形で支持する事になるのですが、以下のようにいろいろな方法があり、それぞれ一長一短です。
20%〜25%スケールモデルの場合で主流の支持方式はつり線式です。簡単に言うと複数のワイヤーを上下左右に張り巡らせて、モデルを3次元空間上に固定します。
具体的には、まずダウンフォースの測定を前後タイヤの接地位置で測りたいので、前後の車軸上で上から垂直に吊り下げます。そしてモデルのロール方向の傾きを規制するために、前1ヶ所・後2ヶ所またはその逆の計3ヶ所(または4ヶ所)になります。
この状態では単にぶら下がっているだけなので、前から押せばブランコのように前後にモデルが揺れてしまいます。そこで、後方からつっかえ棒を出して水平方向の力をドラッグとして測定します。このつっかえ棒はモデルとの接点での上下・左右方向にはフリーになっていて、リフトや横力に影響しないように工夫します。そして、このつっかえ棒と同軸線上で、ワイヤーを用いてモデルを後方に引っ張ってプレテンションを掛け、前後方向の安定をとります。
この状態でも横方向に自由に動いてしまうので、左右の位置を固定するために前側と後側の左右計4ヶ所で空気の流れと直角にワイヤーを水平に張ります。ワイヤー取り付け部の片側にはロードセルをつけ、横力とヨーイングモーメントを測定し、もう片側はバネまたは滑車を通して重りをつるしテンションをかけます。尚、ワイヤー径はたいてい1mm以下です。
また、モデルの姿勢変化による影響を見るために、風洞のワイヤー固定部側にそれぞれステッピングモーターを取り付けて、その複数の操作の組み合わせによって車高変化や前傾姿勢を作ります。
ワイヤーの取り付け部やドラッグバーの後端には、それぞれロードセルと呼ばれる荷重計につながっており、そこで得られる数値からダウンフォースやドラッグ、ピッチング・ロールのモーメントを算出します。ロードセルはいわば近代の電子天秤で、力が加わったときに発生する金属のひずみを利用して、荷重を算出しています。
風洞による空気力の測定は、このロードセルの精度にかかっているといっても過言ではありません。データが数値で出てくるので大変便利ですが、金属の特性を利用しているだけなので、正しく使わないと温度変化などの影響が出て正確な数値を得られません。また、空気力の数値をリアルタイムで見ると、微妙に変化しているために、それを均一化するためのサンプリングレートの設定も必要です。
詳細については、「ロードセルのお話」に詳しく紹介されています。
吊り線ワイヤー方式の利点は、システムが単純なので、複数のロードセルとワイヤーがあれば比較的簡単にモデルを支持する事できて、空気力の測定が可能なことです。またロードセルがそれぞれ独立しているため、力やモーメントの計算が容易ということもあげられます。
逆に欠点としては、ワイヤーという特性上、張力のみ有効で反対方向には固定することができません。モデルが上下にピョンピョン跳ねたり、最悪の場合はワイヤーが切れてモデルが飛ばされてしまう・・・なんてことも考えられます。また、大きなダウンフォースがかかる場合、ワイヤーが伸びて、車高変化が起こることがあります。
ワイヤー自体の空気抵抗(ドラッグ)も発生するので、モデル無しの状態で空間にワイヤーを張って影響を測定し、後から差分されます。また、ドラッグを測定するつっかえ棒の位置と地面からの高さが微妙に6分力に影響するので、タイヤ接地面で測定したのと同等になるように修正されます。
タイヤ回転の反映は、側壁またはベルトの外側からアームを出して支持されます。ベルトと同速度の高速回転を実現するために、ある程度の接地圧をかけてベルトから回転させるためのエネルギーをもらう必要があるので、下方向にプレテンションをかけます。アームのサイズは、タイヤ1個分のドラッグと回転を保持できる剛性があればあれば良いので、そんなに太くしなくても大丈夫です。
空気力の測定は、支持アームの先端のホイール取り付け部にひずみゲージ(=ロードセル)を取り付けておいて荷重を算出します。その際、どうしても高速回転による振動の影響や、ムービングベルト装置本体の振動の影響を受けてデータがばらつくので、空間に固定されて空気力の影響のみをうけるボディよりも測定精度が落ちます。そのため、風洞を建設する際に空気力計測用の構造体の基礎(土台)と、ムービングベルト装置の基礎を別々に作って振動が伝わらないように工夫します。
また、別々に支持したタイヤとボディが接触すると、データがおかしくなるので、モデルの姿勢変化(車高およびピッチング)をさせる際のことを考えて少しすき間をあけるのが普通です。
尚、タイヤのころがり抵抗は空気力ではないので、風洞の空気を流さずにベルトだけ作動させてころがり抵抗を測定し、後で差分します。
ちなみにモデル用タイヤは、材質がアルミまたはプラスチック系樹脂で、削り出し(旋盤)加工によるソリッドまたは中空製です。
さて、風洞が大きくなり、モデルも40%、50%、60%と大きくなると、風速の増加もあってモデルにかかる荷重が相当大きくなります。単純に計算して、CL(揚力係数)3.0、前面面積が1.4uと仮定した場合、F1の50%モデルにかかる荷重は、風速60m/s(時速216km)で下方に235キロ(kgf)かかります。お相撲さんが乗ってる状態ですね^^;(真面目にフルスケール風洞で時速300kmを再現すると、1.8トンの重量物が乗る計算です)
こうなると、ワイヤーによる張力だけの支持では不安定ですし、ワイヤー径も自重や荷重を支えるために数ミリ〜数センチになります。また、円柱の断面はかなり空気抵抗にもなりますし、後流も乱します。そこで、ストラット式と呼ばれる翼形断面をもつ支柱(アーム)によってモデルを天井から支持(固定)します。
40%にもなると、モデル自体のサイズも大きくなるので、荷重を測定するロードセルを支柱の先端位置(モデルに内蔵)に取り付けることが可能です。このロードセルは、1ヶ所で6分力が測定できるように工夫され、先に述べたタイヤ接地面での測定値を同等になるように修正されます。
F1をはじめとする40%以上のスケール風洞のモデル支持方式は、このストラット式が主流で、支柱の数はたいていモデル中央の1本のみです。
もちろん欠点として、支柱の存在による後流へ乱れがリヤウィングに影響を及ぼしますし、風洞の測定部に突き出しているので、壁面干渉などの影響もあります。しかし、あまりに細くしてしまうと、剛性が不足してモデルが大きく振動し、測定に悪影響がでてしまうので、そこそこの太さが必要です。
ちなみに航空機の分野では、この支柱は複数あり、通常は下方から支えます。参考にNASAのF−18ホーネットの実機?テストの例では、後方の第3の支柱によって姿勢(迎え角)を変化させています。
ボディをストラット式で支持する場合も、タイヤは別アームで支持することが多いようです。
タイヤのサイズも大きくなる(50%F1用で直径30cm超^^)ので、モデル用タイヤの構造は、樹脂またはアルミ材の2ピース中空構造か、実車と同様にホイールとゴム製タイヤという構成を使うこともあるようです。ちなみに童夢の50%F3用タイヤはカーボンによる成形品でした。
モデル本体にタイヤを取り付けることもあります。ブレーキダクト・サスペンションアーム・アップライト周りの影響を見たり、姿勢変化に伴うそれらの部位の影響を重視する場合です。しかし、ベルトやタイヤ回転による振動の影響には目をつぶらなければなりません。ただ、つり線式に比べればタイヤの接地圧をかけることは容易になるので、回転の安定化につながります。
この場合は実車と同様にアップライトにタイヤが支持され、姿勢変化によるサスペンション変化も反映させたりといろいろ複雑になります。見た目は一番カッコいいので、取材向けなどの撮影にはいいですけど^^
尚、F1の風洞紹介で測定部に実車がおさまっている写真をよく見ますが、あれはインチキというか、ただマシンが置いてあるだけで取材用です^^; 唯一、ベネトン(現ルノー)の風洞完成時に実車を測定する場面がありましたが、かなりごついアームを何本も使って苦労して支持していたように記憶しています。(残念ながら写真が見つかりません><。)
また、最近はモデルモーションシステムと呼ばれる姿勢変化を行う装置が取り付け部に内蔵されており、車高変化・ピッチング変化・ヨー角変化を容易に行うことが可能です。
風洞を稼動して空気力を測定することをRUN(ラン)と呼びますが、通常は1度のランの中で姿勢をいろいろ変化させて複数の姿勢でのデータを取り、総合的に判断します。例えば、コーナー立ち上がり時の荷重が後ろ寄りの場合、高速時にダウンフォースで車高が下がった場合、ブレーキング時に姿勢が前傾になった場合などです。この様な姿勢変化に対して空気力の変化が少なければ、ドライバーにとっては運転しやすいマシンになりますが、たいていの場合はグランドフェクト(地面効果)を活用したほうがダウンフォースの絶対値が大きくなるので、許容できる姿勢変化の中で最大のトータルパフォーマンスを得られる妥協点を見い出すことになります。
また最近では、姿勢変化をさせた際のリアルタイムの荷重変化を追いかけて、その過度特性を評価するという方法も取られているようです。
ヨー角(気流に対する左右に向き)をつけたい場合は、タイヤの横力の応力の発生やベルトが反対方向にずれない様に調整したりと大変なので、モデル支持装置とタイヤ支持装置、そしてムービングベルト装置本体を含めて一緒にターンテーブルで回転させることが多いようです。トラック並みの重量物?を移動させなければならないので、物理的にはともかく、精度的に1度のランでここまでやっているかどうかは不明です。尚、調整できる角度はだいたい5度から15度といった範囲です。
それ以外のモデル支持方式では、ジェット機やロケットなどの風洞テストで用いられるスティング式というのがあります。これは、ジェット噴流が位置する部分に、後方からやや太目のアーム(ブーム)でモデルを支持する方法です。ストラット式ではマッハ数による衝撃波とボディとの干渉の影響が出てしまうので、この方法が有効になります。参考までに再びNASAの別写真です。
自動車用風洞では、以前にアウディかどこかでやっていたかもしれませんが、あれだけの重量を後方から支えるには、かなり大掛かりなアームになります。また、片持ち式になるので車の取りつけポイントの剛性をあげる大改造しなければならず、現在は使われていないようです。
F1では、大きなダウンフォースもあるので、この片持ちのスティング式でモデルの先端となるフロントの微妙な車高を管理するには相当な剛性を持たせる必要があり、ジェット噴流のようにアームを位置させるのに都合の良い場所もないので、どちらかいうと不向きと言えます。
以上のように、何らかの方法でモデルを支持して空気力を測定していく訳ですが、結局のところ風洞は単なる測定器にすぎません。実走行を模擬する努力や、サイズを大きくして精度を上げるという行為も必要ですが、最終的には与えられた道具をマンパワーでどう使いこなすかがカギとなります。つまり、どんなボディ形状にしたら良いかというアイデアをたくさん出して、それらを効率よくモデル化し、順番にテストしていくという地道な作業が続けられます。
さて、次回は数値風洞とも呼ばれるCFDについてです!
風洞モデルを作ることなく、コンピュータの中で空力の効果をシミュレートできるので、うまく使いこなせば、モデル化したり風洞テストしたりする手間が省けるという夢のような方法?です。
はたして、CFDは空力の救世主になり得るのか、それとも現代の錬金術なのか・・・
お楽しみに^^
これで第3回の風洞うんちく講座はおしまいです^^ つづく
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