第5回:その他もろもろ
最終回は、風洞に関するその他の雑学を・・・^^;
- いろいろな風洞
- 風洞と言えば、F1では軸流式の回流(ゲッチンゲン)タイプの低速風洞を指しますが、もう少し視野を広げて航空機の分野を見ると様々な種類があります。ライト兄弟が翼形のテストをしていたのはエッフェルタイプの低速風洞でしたが、音速域をテストするような風洞は軸流式のファンではスピードが間に合わないので、上流側に圧力タンクを設けて空気を加圧して一気に解き放ったり、下流側に真空チャンバーを設けて一気に吸い込んだりして高速の流れをつくる風洞もあります。この場合は常時運転という訳にはいかないので、計測できる時間は数秒から数十秒です。その他、空気密度を変化させてレイノルズ数を合わせる目的で、液体窒素を利用した低温風洞や、風洞設備自体を巨大な圧力容器の中に入れて全体を加圧し、空気密度を変えてしまう風洞もあります。
- 風洞固有の性能と、キャリブレーション
- 自動車メーカーはそれぞれ実車サイズの風洞を所有していることが多いですが、仮に同じ市販車を複数の風洞でたらい回しで測定しても、同じ数値は得られないと思います。そのため、あっちではCD値が0.30でもこっちでは0.32なんてこともあり得ます。これはその風洞に固有の性能があるからで、メーカーごとに風洞のサイズや風速、測定室の寸法も異なりますし、開放型風洞では吹き出し口や吸い込み口のサイズや形状にも影響されます。これでは自動車メーカーも困るので、過去の試みでメーカー同士が互いに協力して風洞を借用し、値が均一になるような修正方法を求めることもありました。
- 新しい風洞が完成したらまず行うことは、測定部断面の風速が均一になるように上流側の整流格子(ハニカム)やメッシュの細かさを調整したり、下流側の吸い込み口の流入量を調整したりして、測定区間に何も置かずに風速分布や乱れ度を測って評価します。
- キャリブレーションと呼ばれるものは、これらに加えて空気力を計測するシステムが正しく機能し常に一定の数値を表示するかなども含まれます。また、計測器の精度も定期的に検査されます。
- しかし、作ってしまった風洞はそんなに大幅に改修できないので、ある程度のところで妥協し、そこから先は所有する風洞が実走行に対しどんな傾向があるのかをつかむ事が重要になり、多かれ少なかれ得られたデータを修正することになります。どうしてもデータを計測する上で弱点がある場合は、あきらめてそれを考慮した実験のみに限定し、次の新しい風洞の製作(があれば)にフィードバックします。
- 基準モデルとテストの再現性
- 測定部の風速分布や乱れ度をたびたび測定するのは大変ですし効率も悪いので、測定当日に風洞本体や計測器に不備がないかをチェックするために、基準モデルと呼ばれるものを最初に測定します。例えば航空機の風洞では、経験的に空気力が判明している機体形状(ジェット旅客機等)を、オールステンレスの削りだしで再現したスケールモデル(これだけで数千万円かかるらしい)を準備し、その数値を過去のテストデータと照合します。これを行わないと、ファン本体の不具合や、風路のターニングベーンやメッシュの不具合、風速計や空気力測定器の不具合など、ひと目で判断できないトラブルを判別できません。
- 尚、テスト当日の気温、気圧、湿度の変化による空気密度の変動もも微妙に測定値に影響を与えます。夏と冬、昼と夜でもデータが変わっては困るので、データの精度を一定に保つために、風洞内を回流する空気を年間を通じて一定に保つ恒温装置をつける場合もあります。
- 基準モデルは過去に作ったモデルとする場合もあります。あくまでも基準なので、この場合は形状がなるべく不変になるように、調整しろはすべて固定します。ラジエターメッシュなどのゴミで通気率が変わり測定値が変動しそうな部分もなるべく排除します。ボディカウルなどの脱着式のところは、常に同じ位置に固定できるようにしなければなりません。
- また、モデルを測定室に支持する際にも、数ヶ所の車高チェックやウイング角度のチェックを怠ると、データが大きくずれることがあります。これは、その後の風洞テストにも重要な項目で、同じようにセットが組めないと試した部分の正当な評価ができず、誤った判断をしてしまう恐れもあります。風洞でよい結果を示すアイテムを見つけても、もとの形に戻したら同じ数値だった・・・なんてことでは困ります^^;
- モデル作りと3次元形状
- F1のモデルを作る際は、もちろんエンジンが回る必要もなければ、燃料タンクもドライバーのペダル配置も反映する必要はありません。どれだけ精巧に作りこむかを事前に決定しますが、一番重要なのはストラット支持柱に取り付けるポイントの剛性でしょうか・・・。モデルをセットしただけで、ノーズ先端の車高などがピタッと決まれば、測定する側にとっては作業が楽になります。
- また、ウイングやカウル、アンダーパネルなどは、実車と同様に取りつけ取り外しが容易な方が便利なので、組み立て精度を考慮した方法で分割式になります。
- サスペンションは緩衝装置としては不要ですが、姿勢を変化させた場合の細かなアーム類の移動など、タイヤ回転との干渉を防ぐ目的で調整式にすることもあります。また、一部に見られるように、モデルにタイヤを取り付けて回転を保持する場合は、アーム類の取り付け部に剛性を持たせるだけでなく、ベルトとタイヤ回転の振動を吸収して測定値に悪影響を及ぼさないような工夫が必要になります。
- エンジンルームはモデルの内部流を再現するために、ある程度は精密に作ります。これにより、ラジエターを含めた冷却系の流れを検討します。ボディカウルは薄いスキン構造にする必要があるので、実車と同様にカーボン成形されたものを使うことが多いようです。
- 3次元形状のウイング類は可能であればアルミなどの金属を工作機械で削りだしたものを使用しますが、作れない場合は実車と同じ方法(つまりカーボン)をとります。3次元形状の設計は、現在はCADを使って面データを作成し、それを元に金型やマスターモデルブロックを削りだし、反転成形してカーボン製の薄いシェルに反映します。クレイ粘土や職人の造形などで作られた自由曲面形状を反映するには、レーザーを使用した3次元測定器によってスキャンし、面データに置き換えます。また、エンジン本体やエキゾーストパイプなどの形状も同様に測定され、薄いスキンにする必要のないものは光造形やラピッドプロトタイピングと呼ばれる手法で直接モデル化されます。
- 圧力測定
- 風洞装置と圧力測定は切っても切れない縁にあります。実車のモノコック上部にも見られるピトー管で動圧(流れ方向の風圧)を計れば風速が求められます。風洞本体の風速の測定やコントロールもこの方式で行います。また、翼の原理は上下の流速の違いによる圧力差で揚力やダウンフォースを発生しているので、表面に面直な圧力孔で分布を細かく測定すれば、負圧の範囲や程度を調べる事ができます。
- F1用のモデルではアンダーパネルやディヒューザー周辺の下面の圧力を測定して、ダウンフォースの増加の検討もします。そのような測定は、1ヶ所や2ヶ所ではメリットが少ないので、通常は数十ヶ所(多い時は数百ヶ所)の圧力孔をモデルに仕込みます。圧力は細いパイプなどを通して、モデルに内蔵された圧力センサーに導かれ、データとして出力されます。ただし、測定は一瞬ですが、圧力孔をモデルにたくさん作るのはかなり大変です^^;
- 冷却検討
- ラジエターの冷却効率の検討は、F1の空力開発でも重要な要素のひとつです。どんなにダウンフォースがあっても、どんなにドラッグが少なくても、ラジエターが冷えなければマシンは走れません。逆に、ラジエター冷却ばかりを優先すると、ダウンフォースやドラッグへの配慮がお留守になります。
- 風洞モデルでラジエター冷却を検討する場合は、実車のように温水を流してどのくらい冷えるのかをテストしているのではありません。実車のラジエターのフィンは細かく精巧に作られているため、スケールモデルでは反映できないという理由と、モデル内に熱源を設けて常に温水を供給すると言うのが大変なためです。そこで、実物のラジエターの通気率を模擬したコアをもつラジエターのモデルを搭載し、ラジエター前面と後面の圧力分布を測定して、その前後の圧力差が大きくなるように、前方のダクトや開口面積を調整して圧力を高くしたり、後方のルーバーやチムニー(煙突)などで後面の圧力を低くしたりするテストをします。
- この場合はモデルコアの通気率と圧力差が、実車との相関がとれているかを経験的につかんでいる必要もあります。現物のラジエターは、そのサイズに適合した風洞でフィンやルーバーの形状を変えて、単体で通気率や熱伝達の効率をテストします。尚、風洞モデルの場合、熱伝達が行われた後流の密度変化や熱膨張などは反映できないので、今後はCFD解析に主役の座を明け渡すかもしれません。
- 50%〜60%モデル用風洞に実車を無理やり押し込んで、現物のラジエターでテストするという方法は有効かもしれません。この場合はブロッゲージ比が大きくなるので、測定部がクローズドならラジエター付近には実走行より濃い流れが得られるでしょうし、オープンの場合は流れが偏流して実走行より少ない流れになることに注意しなければなりません。
- 排気ガスの反映
- エキゾーストから排出されるガスは、その流量と流速によっては車体の空気力に影響を与えます。古い話ですが、第2次大戦のプロペラ機全盛のころは排気管をフィッシュテイルと呼ばれる形状にして、排気ガスを胴体に沿って噴出し機体を増速させていたという例もあります。
- F1の場合は、車速を増すという効果よりも、リヤウイングの影響を見るという目的で排気干渉を反映するメリットがあると考えられます。方法は単純で、排気管から圧力タンクの空気を噴出するだけですが、モデル内にボンベを積むには噴出時間に限界がありそうなので、モデルを固定するストラット支持柱を通して外部からのエアー配管を設置し、ボンベから一定(またはエンジン回転に合わせて増減する)空気を噴出します。
- 噴出流量は計算値や経験値から算出しますが、冷却と同様に熱膨張までは反映できません。また、後方噴出による推力が多少発生するので、風速ゼロで噴出させたデータを測定値から補正する必要があります。
- 偏向角と横風特性
- 偏向角、つまり気流に対してモデルにヨー角をつけた場合の空気力特性を測定するために、ストラット支持柱を中心に内部に組み込まれたモデルモーションシステムによってモデルを回転させます。実車が横風を受ける場面を想定すると、地面も実車に対して平行に流れています。そこで、ムービングベルトとタイヤ支持装置一式もストラット支持柱を中心に回転させます。
- モデルが横を向けば、気流に対して前面面積が増大するので、風洞のブロッゲージ効果による壁面干渉の影響が強くなります。あまり大きな角度をつけるわけにもいかず、その回転範囲は最大で10度から15度といったところです。
- これらは、よく高速サーキットの風が強い状況下で、ドライバーがコーナーを曲がりきれずにコースからはみ出したりする現象を解明しようとするものです。これは、斜め前方から風が当たる場合に、前輪から乱れた流れ場がボディやリヤウイングに影響を与えるためと考えられますが、コーナーの入り口と出口の風向きの違いで、気流との相対速度が変化することも原因のひとつと考えられます。
- スリップストリーム
- スリップストリームは通常の測定対象のモデルの前方に、もう一台のモデルを置くことで、ドラッグやダウンフォースの減少、ラジエター冷却風への影響などを見ることができます。
- 前車の真後ろにつけた場合に、ダウンフォースを失わないような形状があれば理想ですが、現状のレギュレーションでは物理的に困難であると予想されます。
- 過度特性
- モデルモーションシステムによって、通常の姿勢変化は1度のランで総合的に検討されると前回に述べましたが、瞬間的なスリップアングルがつく場合、クイックなターンインをした場合、スリップストリームから抜け出した場合など、比較的短い時間で起こる現象を見る場合は、モデルの動きと空気力データを対比させたグラフで見るしかありません。しかし、過度特性や上記の横風特性を追求しすぎると、ダウンフォースやドラッグなどの絶対値は減少すると考えられるので、優先順位によってどこかで妥協することになります。
- Moto-GPなどのレース用オートバイでは、高速時のバンク切り替えしなどの影響を見るため、通常の角度ゼロの測定だけでなく、参考として角度90度(真横!)での風洞データを取っているという話を聞いたこともあります。これは、横から見た面積もなるべくコンパクトにしたいという設計上の意図がデザインにも表れています。また、風の強い高速サーキット(オーストラリアのフィリップアイランドなど)では、カウルに穴をたくさん明けるというアイデアもあります。
- 空力弾性とフレキシブルウイング
- 車速が増すと、その空気抵抗によってウイングが後ろに傾き、ドラッグを相対的に減少させるというアイデアがあり、フロントウイングも、高速域ではステーを支点にして外側へいくほど地面に近づいていると予想されます。多かれ少なかれウイングやボディは空気力の作用によって変形します。
- 航空機の分野では、これらの空気力による変形度合いは空力弾性やフラッター特性と呼ばれ、翼がバタバタと振動して最悪のケースでは空中分解さえ起こります。風洞テストでも、このフラッターが発生しないかどうかを見るために、モデル各部の質量・剛性・固有振動数などが実物と同一になるように合わせて製作し、テストします。
- 余談ですが、フレキシブルと言えば明石海峡大橋の風対策も興味深いです。これは台風などの強風で、風速60m/sの時に最大で30mも風下に変形するように設計されているそうです。
- いろいろな可視化手法
- 最もメジャーな可視化と言えば、煙発生装置でしょう。風洞テストの様子を伝える記事の写真必ず登場します。しかし、実際には風洞テストの主役はパーツ変更による地道なデータどりです。可視化を用いるのは、空力デザイナーが見えない空気の流れを把握し、何らかのアイデアを得ようとするときに使用されます。
- その他の可視化手段で、モデル表面の流れを見るには、短い糸(気流糸)をたくさんつけて流れを見るタフト法、モデルの上流にオイルを垂らしてその流線を追いかけるオイルフロー法、溶剤で粘土を薄く希釈した液体をモデル表面に塗って風を流し、溶剤が揮発した後に残る粘土の痕跡で流線やハクリの有無を見るチャイナクレイ法などがあります。また、モデルの外側の空間の流れを見るには、粗い目の金網の交点に気流糸をつけて周辺の流れを断面で見るグリッドタフト法、ごく小さなシャボン玉(トレーサー)をたくさん発生させ、ごく短い時間で点滅するストロボ発光を用いて複数の角度からカメラで撮影し、画像処理で3次元に流れを追いかけるトレーサー粒子法などの種類もあります。しかし、精度さえあがってくれば、CFD解析による可視化が最もビジュアル的に有効な手法になると思われます。
- 低騒音風洞
- レーシングカーでは関係ありませんが、ドアミラーなどの風切り音が問題になる市販車や、静粛性を求める高級車、新幹線などで周辺住民に騒音が迷惑になる場合は、その空力騒音を押さえる目的で風洞開発も行われています。
- 風切り音を捕らえるために、風洞自体の機械的な騒音をシャットアウトする必要があります。FANが発生する音、モーターの作動音、風路で反響する音などの対策をした低騒音の風洞が用いられます。風洞の形式は特別ではありませんが、風路内壁を吸音シート材で覆ったり、開放型の測定室の壁面をくさび型の無反響室にするなどの工夫がとられています。
- おわりに・・・
- ここまで風洞についていろいろ解説してきましたが、管理人は専門家ではありませんので、一部に推測や未確認情報も含まれます。ご了承ください^^;
- さて、レーシングカーがコーナーを速く走るために、ダウンフォースを追求して多大な費用を空力開発に掛けていることが分かりますが、個人的には少々行き過ぎている気もします。
- 確かにレースに勝つために必要なことですし、見た目もカッコいいですし、様々なアイデアが見られて興味もつきませんが、一部の高性能スポーツカーを除外すると、一般社会への貢献という意味では皆無に近いです。
- 形あるものが空気中で高速移動する限り、風洞実験はなくならないと思いますが、F1に関して言えば、ダウンフォースの追求を規制したほうが、よりレースが面白くなるでしょうし、チームのコストも削減できると思うのですが・・・
これで風洞うんちく講座の全5回はおしまいです^^ みなさん、おつかれさまでした。
そして、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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